未分類

地獄の中学受験録 (其のニ)

f:id:TurezurePudding:20190702190153p:plain

今回の記事は前回の

地獄の中学受験録 (其の一)

の続編です。

周りの環境に圧倒されていた小4から

小5になり、慣れ始めてきたものの

いよいよ中学受験も

大詰めを迎えていこうとしています。

では本編へ

 

中学受験時代~小5~

この時期から

家での自習時間は増え

塾に通う日が

週の6~7日を占めるようになりました。

 

国語に

週2回の算数

理科、社会、、

そして、最難関を視野に入れた

「最高レベル特訓」なるもの、、、

 

さすがにこんだけ詰め込めば

身体的に影響が出ます。

 

ストレスの影響1

今現在まで続くものが

「腹痛」です。

いわゆる過敏性腸症候群になったのが

この頃です。

 

当時は

その環境にも慣れはじめ、嫌々行っていたわけではなく

それなりに友達も増え楽しんでいました。

 

しかし、塾に行く道中や

大事な公開テストの道中など

事あるごとに、お腹を壊していたのです。

 

小学生にして、常に

「ストッパ下痢止め」を握りしめていました。

 

本当にお守り代わりとして

これがないと、それも不安で

どこにも行けない状態でした。

 

ストレスの影響2

そしてこの頃

いままでサラサラだった髪の毛が

だんだんとチリチリになっていきました。

 

どうやら男の子は

精神的な面で髪質の変化がよくあるらしく

 

ストレスから

別人かと思うほど

天然パーマになってしまいました。(戻すのに8年くらいかかりました)

 

腹痛、髪の毛と、

命に別状はないほどの変化ではありますが

当時の小学生からしたら

相当な負荷がかかっていたのでしょう。

 

面談で泣いた小5

このように

外見上はストレスで

ダメージを受けていったわけですが

 

体を犠牲に

成績は上がっていきました。

 

そこで、親が塾の先生との

志望校を決める面談を決めました

ここで言われたことは良くも悪くも

今でも鮮明に覚えています。

 

当時志望校なんて明確に決まっておらず

子供心に難しいところに行ければいい

なんて思っていました。

 

面談でも、いわゆる最難関校に行きたいと

言ったのを覚えています。

 

そこからが鬼門です。

 

優しい印象だった先生の顔が見る見るうちに変わっていき

「認識が甘すぎる」

「おまえの周りの生徒はみんな、~中に行きたいと具体的な目標がある」

「そんな曖昧な気持ちのやつは通らない」

と凄い剣幕でした。

 

確かにそうです。

間違いないです。

大学受験などでは甘すぎる認識でしょう。

 

しかし、当時は小5。

 

素直に悲しく、その場で泣いたのを覚えています。

客観的に見ると

弱冠11歳に対して

酷な物言いですよね笑

 

 

しかし、純粋な子供でもあります。

 

これを機に、自分なりにですが

「~中学に行きたい」という目標ができます。

 

そして、同時に焦りも生まれます

 

勉強にもっと熱をいれ

受験の天王山、小6を迎えます。

 

 

中学受験時代〜小6〜

いよいよ、最終学年

受験まで残り1年を切っています。

 

塾には入試まで残り〜日

とカウントダウンが始まり

張り詰めた緊張感が漂います

 

受験の天王山へ

 

ここで始まるのが志望校別特訓。

普段は地元に近い教室に行っていたのですが

週末だけ

同じ志望校ごとに、他の教室に集まります。

 

僕は普段大阪のとある教室だったのですが

週末は遥々1時間半かけて

兵庫県の西宮に向かいました。

 

ここは通っていた塾の本部があり

より一層レベルの高い生徒達がいます。

 

僕は本当にここに通うのが苦手でした。

毎日お腹を壊し

教室についたらトイレへ行き

休み時間もトイレに行きを繰り返していました。

 

 

中には、「12時間耐久特訓」という

鬼畜なネーミングの講座もあり

リアルに12時間授業とテストを繰り返します

 

やはり、僕だけではなく

周りの生徒もストレスを感じていきます。

少しのことで揉めたり

机が少し揺れただけで

烈火のごとく怒ってきたり、、、

 

本当に世紀末でした。

当時、席が隣だった生徒が

そのようなつっかかるタイプで

強く言い返せずにいた僕は

我慢を、繰り返し

家に帰れば、

そいつの名前を書いて燃やすような

そんな日もありました。

 

そして同時に、この頃から

小学生にして

「自殺したい」

なんて、考えもよぎっていました。

実際に口にしたかもしれません。

 

目から光は消え

「頑張らなきゃ」

と思う一方

「死んでしまいたい」「逃げてしまいたい」

といったジレンマがありました。

 

他から見ても

かなりの暗黒時代を過ごしていたと思います。

 

よっぽど精神に刻み込まれたのか

今でもこの地に足を踏み入れると

胸が締め付けられるような

嫌な気持ちに苛まれます。

 

夏は受験の天王山

問題の夏です。

タイトル通り、

このような標語が、塾の至る所で

目につき

ボルテージも上がって行きます。

生徒は

志望校のハチマキを頭に巻いて勉強し、

授業が終わると

「絶対合格するぞー!」と

教室全体で叫ぶように連呼します。

 

本当に宗教かと思うほど

皆、一途に

ただ合格だけを目標に

塾に通いつめます。

おそらく、この時期になると

自我でというより

周りの環境から耐え抜いていたのでしょう。

 

でも、やはり限界でした。

 

ある時爆発することになります。

 

逃走劇

 

その日はちょっとした理由で

授業に遅れてしまいました。

 

僕はそもそも遅刻して、皆が座っている

教室に1人で入ってくのが苦手でした。

 

そして、運悪く

普段よりも大きい教室で、100人くらい同時に授業していた日でした。

 

遅れて、教室の窓まで来たのはいいものの

中の皆が授業をしている光景を見て

何かが崩れました。

 

そして、僕は

逃げ出してしまいます

 

リアルに逃げ出してしまいます。

建物から出て、知らない土地を1人で。

 

ですが、行くあても、移動するための

現金も持ち合わせていません。

 

やがて、電話を受けた親や

教室の主任、先生方が探し始めます。

 

 

あまり遠くへ行けず、駅の高台から

教室を見ていた僕は

自分が探されていることに気づきます。

同時に自分のしたことに

恐怖がまじります

「終わった」と。

 

今でこそ思い出して笑えるのですが

 

駅周辺を逃げ回りました笑

ひたすらに。

 

ですが、小学生の体力なんて知れてます。

あえなく、主任に捕まえられました。

 

その時の気分は

まるで犯罪者が観念したかのような

茫然自失とした気持ちでした。

 

「なんてことをしてしまったんだ」と。

 

その日はもう帰ることになりましたが

帰りの車

家族が皆、沈黙していたことを覚えています。

 

あの時の空気は

いたたまれないような

親にも申し訳ないような

なんとも耐え難い空気でした。

 

しかし、そこから親の

対応も変化がうまれます。

 

入試当日まで

その事件を機に

親は、察したのか

あまり何も言わなくなりました。

 

しかし、あの耐え難い空気を知った

僕は子供なりに反省し

受験を最後まで続けることにします。

 

入試まで残り3ヶ月

 

親には何も言われませんが

周りの環境はそう楽にはしてくれません。

 

どんどんボルテージはあがっていきます。

 

当時通っていた小学校の担任は

とても理解のある?

というか、僕を応援してくれており

三学期から入試まで

欠席することを許してくれました。

 

不登校レベルの欠席なので

普通に驚くことですが

最難関受験では、他も割と当たり前で

 

なんと、塾側も

平日の朝から(オフレコ)授業を開いていたりしました。

 

客観的に見れば見るほど

異常な環境ですよね。

 

 

 

入試〜その後

色々なサポートもあり

結果から言うと

僕は中学入試というものを

完遂することができました。

 

記憶は曖昧ですが

1月19、20日

僕の第1志望の入試でした。

 

それだけ受けたら、終わりではなく

 

入試本番の気分に慣れるため

早い時期に受験できる

いわゆる「お試し受験」、

「滑り止め受験」といった、

合計4つの入試を受けました。

結果はともかく

 

2月頃に学校に復帰し

友達と初めて放課後にサッカーをしたときは

本当に楽しかったのを覚えています。

 

全てを振り返って

入試の結果は

第1志望には残念ながら不合格

だったものの

他の残りは全て合格することができました。

 

まずまずの中学には入ることができ

最悪の結果には至りませんでした。

 

ですが

小学生4〜6年生まで過ごした

この中学受験は

今でこそ、笑って話せるものの

確実に僕自身に闇を落としました。

 

山場のような場面ばかり

書きましたが

受験を通して、

「頑張らなきゃ」と思ういっぽう

小学生ながらに「死にたい」と思うことは

 

明らかに精神衛生上よくありません。

 

中学に入ってからは

幸い良い友人にも恵まれ

現在も仲良くしており、

入試なんて無ければよかったと

一概に悪いとは言えません。

 

 

ですが

 

あんな小学生時代は

本当に懲り懲りです。

ここで昨日の記事の冒頭に触れますが

 

小学生が心療内科に通う。

 

これは自身の経験から、とても納得できます。

そんな言葉を知っていたら当時

通っていた可能性だってあります。

 

もし偶然、この記事を読んでいる

親御さん、中学受験関係者がいるならば

もう一度このニュースの意義を考えてほしいです。

 

教育とは何か。

学ぶとは何か。

その本当の意味を

中学受験の教育関係者は再認識してほしい。

 

この記事で何か変わるとも期待はしませんが

自分の経験がせめて

誰かの糧になるならばと公開します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-未分類

Copyright© 徒然なるプリン日記 , 2019 All Rights Reserved Powered by AFFINGER5.