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哲学とは結局何か それっぽく気取ってみる方法

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哲学ほど名前を聞いて想像できない学問はない

「経済学」「数学」とかは聞いたら何するのかだいたいわかる。

そもそも「哲」ってなんだ。

そりゃあ哲について、

哲学について調べたらわかるかもしれない。

でも、実際に調べてみても、わからないことが多い

理解できないという意味でもあれば、

結論が出ず今日まで

議論されているような内容もある。

 

もしかすると、

わからないことが「哲学」なのかもしれない。

だとすれば、わからなくなったら

それは「哲学」なのかもしれない。

今日はそんなミステリアスな

「哲学」について

誰でも、哲学者を気取れそうな

ノウハウを哲学してみる。

 

いわゆる、「ファッション哲学」だ。

 

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哲学について

詳しいことは

そんなもの自分で調べてくれ。

こんなブログで本質を知れるほど

浅い学問ではないはずだから。

 

ただ、偶然に

哲学者 苫野一徳氏によると、

哲学とは一言で

「本質」を洞察することだそうだ。

なるほど。

本質か、、、本質ってなんだ。

意味で言えば、物事の

欠くことのできない根本的なこと

かもしれない。

じゃあ、何をもって重要なんだ

誰が決めるんだ。

 

こうやって、哲学が生まれるのかもしれない。

 

では本題のファッション哲学の方法を

 

気取り方

本質っぽいものを探せ

本質を洞察することが

仮に「哲学」だとすれば

逆にいわば

本質を洞察している風を装えば

哲学者っぽくなるのではないか?

 

と考えた。

 

ここでのポイントは

「簡単」な命題を用意することだ。

難しい、例えば「法律」や「経済」の

本質を探ってしまえば

大抵そこら辺に潜む、知識王に

論破されてしまうからだ。

 

だが、本質を洞察するにあたって

すぐに答えが出てしまうような

命題では意味がない。

 

あなたが道端で急に

「コーヒ―とはなんだ」

「アイスコーヒって麦茶っぽくないか?」

「アイスコーヒーは麦茶なのか?」

と問答し始めたところで

コーヒーはコーヒーだ。

ただの、ド田舎から出てきた

麦茶しか知らない奴になる。

 

ポイントは「ちょうどいい塩梅」が求められるのだ。

 

例でいうと

 

www.menyoba.com

 

コレがいい。

 

「真似る?」「学ぶ?」

意味を追求するほど、両者の境が

無くなってくる。

 

え?どっちだ?という感覚になった時

周りからは

まるで、崇高なことばかりを考えている

「哲学者」のように見られる

かもしれない。

 

定義っぽいものを決めろ

本質っぽいものを

模索する前に、よりそれっぽく見せる

儀式がある。

 

それは、意識ハイな人が議論を

始める前に行う儀式

「定義」

 

この定義っぽいものを決めることで

その議論も、なんとなく

それっぽい雰囲気が漂う。

 

知識なんていらない。

上の例で言えば

「学ぶ」「真似る」

について、

「言葉の定義から入ると」

とか言っておけば格好がつく。

 

哲学やなぁとか言う

 

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議論が議論を呼び

白熱してきた段階で

 

こう呟いたら完成だ。

 

「哲学的やなぁ」

 

これだけでいい。

 

この魔法の言葉は、

その話に

参加した人を巻き込み

全体的に「崇高な」ことをした

雰囲気へと誘う。

 

もし、その場で1人だったとしても

その言葉を言うだけで

完全な電波さんではない

と周囲に知らしめることもできる。

 

まとめ

このように

学問的ではなく

ファッション哲学を実践するために

いくつか重要なポイントを紹介した。

 

定義から入り

いい感じの言葉を反芻し

本質を探る雰囲気を出す

飽きてきた頃合で一言。

 

哲学的やなぁ。

 

 

 

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